基本情報
患者
40代後半、男性、事務職。
主訴
左足首の可動が悪い。仕事が忙しいときに頭痛が出る。
既往歴
10年ほど前に左足首の上の骨(脛骨、腓骨)を2本とも折る大けがをした。
外科手術を受け、現在も骨にボルトが入っている状態。
診察
現病歴
上述のけがと手術の影響で足首の動きが悪い。
特に背屈(つま先を持ち上げる方向に曲げる動き)に制限がある。
日常生活に支障はないが、毎朝続けている中国武術の鍛錬で、特定の動きをする時に困難がある。
仕事が忙しいときに頭痛が出る。連日深夜まで残業している。
所見・触診
脈は右側のほうがやや強い。
腹部がやや冷えて張っている。押しても痛がる様子はない。
仙骨の上の腰椎部に疲労を示す反応がある。
左内くるぶしの上の手術痕と、その周囲の数カ所が力なく冷えていて、血がめぐっていない印象。
骨盤の側面の大きな筋肉(いわゆる殿筋)が硬く緊張して冷えている。
右足の膝から足首にかけて、冷えて硬くなっている場所が複数あった。
見立て・評価
左足首の手術痕周辺は血行が悪く、筋肉の柔軟性が失われている。
それをかばう形で右脚に負荷がかかっているため、筋疲労が進んでいると考えられる。
長時間のデスクワークによる腰への負担も大きく、下半身の気血のめぐりや全身の筋骨格バランスに少なからず影響していると考えられる。
施術計画
腹部と腰部を棒温灸で温めることで全身のバランス調整を図る。
患部である左足首に血流を誘導する目的で、灸施術を集中的に行う。
反対側の右脚に対しては硬く締まった筋肉を緩める意味で鍼施術を行う。
仕事のストレスが強いことがうかがわれるので、頭部の緊張を緩めるツボや、精神不安を落ち着かせる効能があるとされる腕のツボなどにも鍼施術を行う。
経過・結果
施術内容
仰向けの時にへそを棒温灸で温める。うつ伏せの時には仙骨の上の腰椎部を温める。
左足首の手術痕上の特に冷えて無感覚の場所に、患者が熱感を得られるまで連続して灸を行う。
骨盤の側面の殿筋や、右脚の筋肉が硬く筋張っているところを緩める目的で鍼と、部分的に灸を行う。
上記の施術がひととおり終わった後、頭部や手足のツボに緊張の反応が残っていれば強刺激にならない程度の鍼を行う。
経過・結果
施術後に少し動いてもらったところ、施術前より足首の可動域が広がっている様子が確認できた。
その後も連絡を取る機会があったので経過をうかがったところ、翌朝の運動時、アキレス腱につっぱり感があったとのこと。
足首を深く曲げることができている分、ふくらはぎの後ろ側のスジが引き伸ばされているのだろうと推察し、説明した。
考察・まとめ
身体の中には肉眼でとらえられない微小なものも含めて無数の血管や神経が存在しています。大きなけがや手術によってそれらが分断されると、残念ながらすべて元通りに修復するのは非常に困難です。
東洋医学的にも、「傷痕を境に経絡の気の流れが途切れている場合があるので注意深く観察するように」と教えられています。
そういう場所は無感覚である場合が多く、患者さんの申告だけに頼っていると見逃す可能性があります。毎回、体表観察と触診を行う意義はそこにあるのです。
足首は二足歩行で生活する人類にとって、体重と地面からの反作用を受ける土台であり、ここで正しく力をさばくことができないと、上のほうのすべてのバランスに影響する可能性があります。
今回の症例では過去に明確な原因がありましたが、本人も覚えていないような昔の捻挫が今の肩こり・腰痛に影響していると考えられるケースもあります。施術者の観察力、推論能力、患者さんから情報を引き出すコミュニケーション力が試されます。
武術・武道や何らかの芸能、スポーツなどに継続して打ち込んでいる方は身体の内部の感覚が豊かで、自らの状態を的確に表現してくださる方が多いように思います。
この患者さんも毎回、施術を受けた翌日からの全身の感覚の変化を詳しく報告してくださるので、私も学ぶところが非常に大きいです。
本症例集は個人の体験に基づくものであり、効果には個人差があります。

